肘内障 − 子どもの腕が急に動かなくなる不思議

お知らせ
子どもの腕が動かない
ー 引っ張らないのに肘内障?
小さな子どもが突然片腕を使わなくなった。
整形外科医であれば、まず肘内障 (ちゅうないしょう)を疑うでしょう。
典型例は、手を引っ張ったあとに急に泣き出し、そのまま腕を動かさなくなる場面です。
そのため肘内障は「腕を引っ張って起きるケガ」と思われていますが、実際はそう単純でもありません。

■ 肘内障の半数近くは自然発症
米国の報告では、約半数が自己誘発または自然発症でした。*1
また日本の2331例の検討では、1歳未満では27%が寝返りで発症していました。*2
クリニックの外来でも、「特に思い当たることがありません」という保護者は少なくありません。肘内障は「腕を引っ張ることだけが原因ではない」ということは知っておくとよいでしょう。
■ なぜ幼児に多いのか
肘内障は主に1〜3歳くらいにみられます。幼児では橈骨頭のふくらみが十分に発達していないため、輪状靱帯がずれやすいからです。
成長と共に橈骨頭は大きくなり、小学校に入学するころにはほとんど起こらなくなります。

■ 何度も起こる肘内障
肘内障の特徴は再発が多いことです。報告によって差はありますが、多いものでは46%という高い再発率でした。*3
「また抜けました」と受診する子どもは珍しくありません。報告では、一人で6回も肘内障を起こした子どももいました*2
そのため、
「肘内障を経験した子どもの保護者には、整復方法について説明しておくべきだ」という意見もあります。*4
■ 昔はおばあちゃんが治していた
ある整形外科教授は医学雑誌の連載コラムに興味深い回想を書いています。2005年の掲載で「50年も前のこと」とありますから、1950年代の話のようです。*5
コラムによると、近所の子どもが肘内障になると、先生の祖母の元によく連れて来られていたそうです。
祖母は「片手で子どもの肘を抑え、反対の手で前腕を持ってヒョイと動かす」、すると子どもは「手が挙がるようになり、泣き止んだ」といいます。
現在では医療機関で診断・治療を受けるのが基本ですが、昔は医師が少なく、地域社会の中にこうした経験的な知恵が受け継がれていたのでしょう。
ちなみに、1955年の日本の医師数は人口10万人あたり96.6人でした (令和2年版厚生労働白書、医師数の推移)。2024年は280.9人とおよそ3倍に増えています。
■ 肘内障の治し方 ( 整復方法 )
現在広く行われている整復法は次の2つです。*6
・回内法
・回外−屈曲法
手を内側にひねる動きを「回内」、手を外側にひねる動きを「回外」といいます。
近年は回内法のほうが成功率が高く、痛みも少ないとされています。*7
整復が成功すると、数分から30分程度で再び腕を動かし始めます。何度か試しても改善しない場合は無理をせず、三角巾などで肘を曲げた状態に固定します。固定している間に自然に戻ることもあります。

参考文献*6よりDr. O 作成
■ こんなときは受診しましょう
肘内障を一度経験すると、保護者の方も特徴がわかってくると思います。肘内障では腫れや変形はありません。肘を伸ばし、手を内側にひねった ( 回内した ) 姿勢をとっていることが多いです。
一方、
・肘を曲げている
・転倒や転落のあとから症状が出た
・アザや内出血がある
・腫れている
・明らかな変形がある
・軽く触っても痛がる
・発赤を伴う
・発熱を伴う
・6歳以上である
といった場合には肘内障ではなく骨折、炎症、腫瘍などを考える必要があります。
迷ったときは整形外科を受診してください。
■ 「肘内障」という名前
最後に病名について話をします。
肘内障は英語で pulled elbow ( 引っ張られた肘 ) と呼ばれます。フランス語では pronation douloureuse ( 痛みを伴う回内 )です。英語では原因が病名になり、フランス語ではその結果が病名になるというのも面白いですね。
英語でもう一つ、 nursemaid's elbow ( 子守女の肘 )という言葉もあります。責任を押しつけられた子守の女性が目に浮かび、なんだか気の毒です。
さて日本語の肘内障。「内障」は英語で “ internal derangement ” です。これは1814年、英国の外科医、William Heyが膝半月板の異常を表すのに初めて用いました。*8
レントゲン写真 (X線写真) すら存在しない時代です*。外からは確認できない関節内部の障害・異常を表現する言葉でした。*X線の発見は1895年
かつては膝内障 (しつないしょう)という病名も広く使われていましたが、MRIによる詳細な診断が可能になった現在ではほとんど使われなくなりました。
それでも肘内障という名前は残っています。ありふれた小児外傷ですが、その病名には200年以上前の医学史が息づいています。
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*1 Pirruccio K, et al. Reconsidering the "Classic" clinical history associated with subluxations of the radial head. West J Emerg Med 2019; 20(2): 262-268.
*2 Irie T, et al. Investigation on 2331 cases of pulled elbow over the last 10 years. Pediatr Rep 2014; 6(2): 5090
*3 Kimura M, et al. Parental questionnaire study showed that annular ligament displacement was common in three-year-old children and almost a half had reoccurring episodes. Acta Paediatr 2018; 107(11): 1983-1985
*4 Halsey MF. Paediatric pulled elbow injury: more common and recurrent than you think. Acta Paediatr 2018; 107(11): 1850
*5 国分正一.整形外科用語の散歩道「Pulled elbow 肘内障」. 整・災外 2005; 48: 1483
*6 Aylor M, et al. Videos in clinical medicine. Reduction of pulled elbow. N Engl J Med 2014; 371(21): e32
*7 Macias CG, et al. A comparison of supination/flexion to hyperpronation in the reduction of radial head subluxations. Pediatrics 1998; 102(1): e10
*8 Hey W. Practical Observations in Surgery; T Cadell & W Davis: London, UK, 1814
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